INTERVIEW

    シリーズ「社員食堂」 オオサカネーム(志免町)


    一食300円で提供する“家族の原風景“

    ㈱オオサカネーム(糟屋郡志免町別府西1丁目、井手隆二社長)は全国に数社しかない、メタルサインの総合メーカー。

    商業施設や病院、マンション、企業の社屋、店舗、住宅の表札など、街中のいたるところで見かける看板は、同社が製造した作品も多いことだろう。

    同社は1年前、約50年間本社を置いていた福岡市東区社領から現住所に本社と工場を移転した。

    その建物の2階事務フロアの一角にある社員食堂は、本社で勤務する約100人の社員が毎日利用している。

    「今日は取材が入ると朝礼で社員に伝えたので、フライングはないと思うのですが…」

    正午を告げるチャイムが流れると、井手社長は苦笑いを浮かべた。

    食堂で提供する定食は一汁三菜が付いて一律300円。社員からの人気は高く、ピーク時の混雑を避けるため少し早めに食堂を訪れる者もいるという。

    チャイムが鳴り終わらないうちに社員が食堂に集まってきた。慣れた手付きで入り口に置かれたトレーを手に取り、スタッフによそってもらったご飯と味噌汁を受け取る。

    続いておかず。

    社員たちはアルミ製の配膳カウンターに並ぶ数種類の中から吟味せず手に取っている。

    「社員は前日の昼から当日の午前10時までにメニューを選び、食堂に置かれた表に書き込みます。調理スタッフは表を確認して、お昼までに予約した人数分調理しておく。一日に利用する70〜80人の料理をその場で注文を受けて調理していたら、とても追いつきません」

    井手社長が長年続く提供システムを説明する横で、社員たちが次々と料理を受け取っていく。

    カウンター越しに料理を受け取る社員

    ご飯は3杯までおかわりできる

    オープン10分前には料理がすべて並べられる

    翌日食べるメニューを表に書き込む社員

    この日はA定食が「チキンロースステーキ ニンニク味」、B定食が「野菜オムレツ」、A定食が若干人気だ。食堂で提供するメニューは、日替わりのA定食とB定食、レギュラーメニューの魚定食(目玉焼きか卵焼き付き)の3種類。

    工場内で体を使って作業する時間が多い若手社員は「お肉などガッツリ系が多いA定食をいつも注文する」と話し、大盛りご飯を頬張る。

    当日のA定食「チキンロースステーキ ニンニク味」(300円)

    同社では男性社員が大半を占めるため、肉を使ったA定食が人気

    調理を担当するのは、パート社員として働く4人。そのうち松江哲子さんと豊里勉さんは食堂が立ち上がった17年前から働くベテランだ。

    「工場を移転する時に、会社が立派な業務用オーブンを購入してくれて、料理のバリエーションが増えた」と喜ぶ松江さん。食堂のメニューは献立から味付けまで、調理師免許を持つ松江さんが決めているという。

    今年で71歳を迎える豊里さんは「社員の人たちは米粒一つ残さず食べてくれる。つくる側としてこんなに嬉しいことはない」と笑顔。「極力温かいものを食べてもらいたい」。豊里さんは毎日、自らご飯をよそって社員に手渡ししている。

    卵40個を使って25人分のオムレツをつくる豊里さん

    40人分の鶏もも肉はオーブンで一気に調理する

    ローストチキンの下に敷く野菜

    工場移転時に新調した業務用オーブン

    調理師免許を持つ松江さん

    調理場は4人体制。井手社長(左)も毎日食堂を使用している

    コミュニケーションは万能調味料

    食堂を始めたのは同社の創業者で隆二社長の父・井手義治氏。

    当時は夜まで続く作業の合間にカップラーメンなどで食事を済ませることが多く、健康診断の結果で引っかかる社員が増えたことに、義治氏は頭を悩ませていた。

    そこで、親交のあった㈱松下商店(粕屋町)の松下繁夫会長に相談したところ、勧められたのが「社員食堂」だった。

    「せめて昼食だけでもバランスの良い食事を食べてもらいたい、と父は語っていました」

    当時は長引く不況の中、中小企業の多くが採算の合わない社員食堂などの福利厚生を次々と取りやめていた。

    時代と逆行するように食堂をつくった同社の運営は問題なかったのだろうか。

    「実を言うと、社員食堂は毎年数十万円の赤字を出している。5年前には一食400円で提供していた定食を、利用率を上げるため一食300円に値下げをした。開設当時と比べて社員も約2倍に増えたので、赤字幅は年々大きくなっている」と頭を掻く井手社長。

    では、新工場建設を機に閉鎖する、という選択肢はなかったのか。

    井手社長に質問すると、すぐに否定した。

    「むしろ、春になると満開の桜が眺めることができるこの場所に、食堂を真っ先に配置した。社員に健康でいてもらわないと、技術力で勝負する当社の強みは成り立たない。年齢が高い熟練工も多く在籍しており、少しでも長く働いてもらえる環境づくりを、経営者として第一に考えたかった」

    食堂の営業時間は正午からの1時間。食事を済ませ、仕事場に戻る社員たちを眺めながら、「思い出しました」と井手社長はふと口を開いた。

    「子供の頃、母が社員たちに昼食や夜食を作って、私も一緒に食卓を囲んでいた。生活の一部だったため今まで忘れていましたが、思い返すと母が作る賄いが、現在の社員食堂の原型だったかもしれません」

    コミュニケーションは食事の“万能調味料”と言われている。

    義治氏が食堂づくりを決めた背景には、同社のモノづくりを支える社員たちと囲む「家族の食卓」を思い描いていたのかもしれない。

    「昼食だけでなく、将来的には朝食も提供したい。朝ごはんは食生活で一番大切と言われていますので」

    義治氏の意志を継ぐ井手社長は笑顔で語った。

    約100人が同時に利用できる食堂。当日は76人が使用し、会話を弾ませながら食事を囲んでいた